シーン1:プロローグ(天使養成校)
【時間】 悠久の昔
【場所】 光に満ちた学び舎「天使養成校」
SE: 穏やかな音楽、光が降り注ぐ音
ナレーション(閻魔の声): 宇宙がまだ若く、神々と魂の理が定められて間もない、原初の時代。万象の中心には、一つの学び舎があった。光そのものを結晶化させて築かれた白亜の殿堂「天使養成校」。未来の宇宙の管理者となる、若く清浄な魂たちが集う場所だった。そこには昼も夜もなく、ただ永遠に続く、穏やかな黎明の光だけが満ちていた。
授業中の教室。
天照、閻魔、スサノオ、ソトの4人の若き天使が、他の学生たちに混じって座っている。
天照: (微笑みながら) 「善」とは、宇宙を貫く普遍的な法則。寸分の狂いもない完全なる調和です。
ナレーション(閻魔の声): 学び舎が掲げる絶対の教育理念は、「善と美」の探求。そして、ただ一つの概念が不純物として徹底的に排除されていた。その概念の名は、「愛」。
模擬裁判の授業。
議題は、「我が子を救うために、罪なき他者一人の犠牲を黙認した親の魂を、どう裁くか」。
スサノオ: (拳を握りしめ) 黙認は罪だ!「善」は絶対でなければならない!この親は、地獄に堕ちるべきだ!
ソト: (静かに) それは感情論です。因果律の計算によれば、この親の行動によって救われた「未来の可能性」は、失われた一人の魂のそれを上回る。よって、無罪となるのが論理的な帰結です。
閻魔: (目を閉じて) どちらも違う。この魂には、救った「善」と、見殺しにした「悪」が、どちらも等しく刻まれている。天へも地へも行けず、永劫に二つの間で苛まれ続けるだろう。
天照: (穏やかに微笑みながら) 私たちは管理者。裁くだけでなく、導かねばなりません。この親の魂から、子を想う「愛」という名の功徳だけを掬い上げ、天へと還してあげる。残された業は、我々が代わりに背負い、浄化する。それが、最も「美しき」解決策ではないでしょうか。
シーン2:別離(卒業の日)
【時間】 卒業の日
【場所】 天使養成校の中庭
SE: BGMが静かに悲しい曲調に変わる
ナレーション(閻魔の声): やがて、卒業の日が訪れた。一人ずつ、その魂の適性に応じた神格と役職が与えられていく。
創造主(声): ―――天照。そなたに、地上を照らす最高神「天照皇大神」の神格を授ける。
天照: (優雅に辞令を受け取る)
創造主(声): ―――閻魔。そなたに、全ての魂の罪を裁く、地獄の統治者「閻魔大王」の神格を授ける。
閻魔: (何も言わずに立ち上がり、一瞬だけ天照を見る。その瞳に、寂しさと覚悟が宿る)
創造主(声): ―――スサノオ。そなたには、過ちを犯した魂を更生させ、導く権限を持つ神格を授ける。
スサノオ: (自信に満ちた声で) お任せください!
創造主(声): ―――ソト。そなたには、生と死の境界に立ち、魂の門の番人、「卒塔婆」の神格を授ける。
ソト: (無表情のまま、静かに受け入れる)
中庭の陽だまりの場所。
かつて4人が笑い合った場所で、彼らは別れの時を迎える。
天照: みんな、元気でね。役目は違っても、私たちの心は、いつも一つよ。
閻魔: (短く力強く) ああ。何かあれば、いつでも力を貸す。
ソト: (スサノオを見て) ・・・非合理だ。 (口元がわずかに緩む)
ナレーション(閻魔の声): 彼らは信じていた。この友情は、永遠だと。だが、彼らはまだ知らなかったのだ。それぞれの役目が、彼らの魂を、少しずつ、しかし確実に、変えていくということを。
モンタージュ:
天照が高天原の玉座で孤高の統治者となる姿 。
閻魔が冥府の玉座で魂の罪と悲しみを受け止める姿 。
ソトが賽の河原で何億もの人生の記憶を受け止め続ける姿 。
スサノオが理不尽なシステムに疑念を抱き、憎悪へと変わっていく姿 。
シーン3:冥府の理(千年の時)
【時間】 現代から千年前
【場所】 賽の河原、閻魔庁
SE: 淀んだ空気の音、気の抜けた声
ソト: (くたびれた事務服で受付に座っている) はい、次の方どうぞー。六文銭、お持ちですか?あ、そこの端末で電子マネーも使えますからね。
ナレーション(閻魔の声): 彼女の仕事は、死者の衣服を剥ぎ取り、魂を初期化するだけの、終わりのないルーティンワークと化していた。
目の前に一人の男の魂が立つ。
男は無表情で、古びた六枚の銭をカウンターに置く。
ソト: (男の魂に触れる。男の平凡で灰色の記憶が流れ込む) あなたの罪は「無関心」。
閻魔庁の玉座。
閻魔大王が巨大な水晶に映る男の魂を見て、退屈そうに顎を撫でる。
閻魔大王: ふむ。特に語るべき悪もないが、善もない。生への執着も、死への恐怖も希薄。ある意味、最も御し難い魂かもしれんな。
ナレーション(閻魔の声): そして、千年の時が流れた。
閻魔大王: (荘厳な声で) 判決を言い渡す。汝を地獄に堕とし、刑期一千年とする。
シーン4:地上への帰還(二つの魂)
【時間】 現代から千年前
【場所】 冥府、閻魔庁の私室
SE: BGMが不穏な曲調に変わる
鬼: 申し上げます!刑期一千年を満了した魂が、ただいま出獄いたしました!
閻魔大王: (驚き、男の魂を召喚させる)
男の魂が現れる。
千年の業火で不純物が焼き尽くされ、内側から穏やかで圧倒的な光を放っている。
閻魔大王: (驚嘆と敬意を込めて) よくぞ、耐え抜いた。
舞台は、刑期満了者が訪れる「無」の空間。
閻魔大王: 汝には選択の権利が与えられる。天上界で永劫の安らぎを得るか、再び地上へ生まれ変わるか。
男: (静かに首を横に振る) 私は、地上へ戻りたい。
男: 地獄で、私は多くのことを学びました。痛み、苦しみ、悲しみ、怒り。それらすべてが、かつての私が捨て去ったものでした。もう一度、地上で感じたいのです。生きるという、あのヒリヒリするような痛みを。
閻魔大王: (頭を抱え、鬼に命じてソトを呼び出す) わかった。だが、条件がある。監視役をつけさせてもらう。この男と共に地上へ降り、その魂を監視せよ。これは王の命令である。
ソト: (不承不承といった顔で現れる) は…はあ!?私が、地上へ!?
閻魔大王: (有無を言わせず) 因果は巡るというわけだ。
二つの魂は、光の奔流に乗り、地上世界へ向かう。
ソト: (純粋な疑問と侮蔑を込めて) 本当にいいの?わざわざ、あんな世界に戻るなんて。
男: (静かに) 地獄にいた千年、私はずっと後悔していた。生きていた頃、何も感じようとしなかったことを。だから、今度はちゃんと生きてみたいんだ。
男: (優しく) 君も、退屈だったんだろう?あの川のほとりで。一緒に、それを見つけに行かないか。
ソト: (そっぽを向き、声が震えている) ・・・あなたの監視役だから。勘違いしないでよね。
光のトンネルの先に、眩い光が見える。
【時間】 現代
【場所】 とある病院の一室
SE: 赤ん坊の産声
医者: おめでとうございます!元気な双子ですよ。男の子と、女の子です。
男の子の瞳は、静かで深淵な色をしている。
女の子の瞳には、戸惑いと好奇心が入り混じって揺らめいている。
二つの魂は、寄り添うように、新しい肉体へと飛び込んでいく。
ナレーション(閻魔の声): かつて地獄を耐え抜いた男と、地獄を知らない卒塔婆。二人の奇妙な旅は、まだ始まったばかりだった。
シーン5:エピローグ(黒き番人)
【時間】 現代から千年前
【場所】 冥府、閻魔庁の最も深い一室
SE: BGMが重く、冷たい曲調に変わる
閻魔大王の玉座の前に、死神統括官クロガネが跪いている。
その姿は影そのもので、凄まじいプレッシャーを放っている。
クロガネ: (冷たく不快な声) 大王様。此度の御判断、我ら死神一同、到底承服いたしかねます。 地獄とは、罪を贖うと同時に、決して抜け出すことのできぬ永劫の牢獄。一度でも例外を認めれば、システムに綻びが生じましょう。
閻魔大王: (重々しく) クロガネよ、あの魂は千年の刑期を『満了』したのだ。規定に則った結果であり、例外ではない。
クロガネ: 規定そのものに欠陥があったと申し上げているのです。あのバグを地上に解き放つなど、論外。直ちに回収し、完全消滅させるべきです。
閻魔大王: (きっぱりと) ならぬ。一度、我が名の下に下した裁定は覆せん。
クロガネはゆっくりと立ち上がる。
クロガネ: …大王様の御意思、承知いたしました。ですが、我らには我らのやり方がございます。冥府の秩序を乱す『異物』を排除するのも、また我らの使命。たとえ、それがどのような形をとろうとも。
クロガネの姿が影の中へ溶けるように消える。
一人残された閻魔大王は、眉間に深い皺を刻む。
閻魔大王: (小さくため息) 面倒なことになったわ…。
ナレーション(閻魔の声): そして、クロガネの背後で、あの荒ぶる神、スサノオの邪悪な気配が、静かに、しかし確実に動き始めていた。
【時間】 現代
【場所】 公園の砂場
SE: 子供たちの元気な声、ブランコの軋む音
ソラ: (快活に) ソラ、そっちじゃないってば!ボール取って!
カイ: (少し大人びた静かな眼差しで) うん。
二人の後ろに、黒い影が揺らめいている。
カイ: (ふと、空を見上げて) ・・・ソラ、なんだか、いやな感じがする。
次の瞬間、ブランコの鎖が千切れる。
カイ: (放り出される)
ソラ: (信じられないほどの瞬発力でカイを掴む) 大丈夫、カイ?
二人の魂には、公園の木々の間に、一瞬だけ揺らめいた黒い影がはっきりと見えていた。
ナレーション(閻魔の声): それは、死神たちによる最初の警告であり、干渉の始まりだった。冥府の秩序に抗う、長く険しい戦いの始まりを告げる、静かな誓いだった。
【第1話 完】