第9話 脚本「黒椿の契約」
【登場人物】
北條孝子(17):横浜の「魔女」。富士での共鳴以来、右手に残る「青い雷」の感触に苛まれている。
高清水凉子(17):神戸の「堕天使」。左手に残る「赤い炎」の残滓を「穢れ」として嫌悪している。
ガーディ:孝子の相棒。地獄からの脱獄の際に生じた「歪み」を『神託』に握られている。
詫間亨(25):凉子の相棒。凉子のために自らの命を捧げる覚悟を決めている。
黒椿:『神託(オラクル)』の代行者。時間を超越したような不思議な存在感を持つ女性。
【本編】
〇北條家・孝子の自室(朝) 鏡の前で髪を整える孝子。 その瞳は、昨夜から一睡もしていないことを物語るように鋭い。 彼女は自分の右手を見つめる。

孝子 「……気持ちが、悪いですわ 」

地獄の混沌たる赤い炎。それが彼女の美学の全てだった。 だが、富士で凉子と共鳴したあの日以来、その右手に冷たく青白い「浄化の雷」の感触がこびりついて離れない。

ガーディ(影から現れ) 「お嬢様。あの『融合』は冥府の古文書にある最大級の禁忌……相反する理を交わらせ、新たなる神を創り出す神造術にございます 」

孝子 「わかっておりますわ。問題は、わたくしの魂にあの女の色が混じってしまったこと。早くあの女を『懲らしめ』て、純粋さを取り戻さねばなりませんわ 」

〇高清水家・音楽室(朝) バッハのシャコンヌを奏でる凉子。 不意に、甲高い音と共にヴァイオリンの弦が弾け飛ぶ。

凉子(忌々しげに) 「……乱れてはりますわあ 」

秩序の体現者であるはずの左手に、あの下品な混沌の熱がこびりついている。 インターコム越しに亨の声が届く。

亨(通信) 『解析が完了しました。あの「融合」は制御不能です。もし、あそこにあと三十秒留まっていれば、お二人は魂ごと消滅していました 』

凉子(怒りに震え) 「つまり、わたくしたちはあの下品な女とセットで、実験動物にされたということですわねえ 」

〇(一ヶ月後)横浜・聖黒椿女学館・放課後 刺繍をする孝子が、不快な視線を感じて手を止める。

ガーディ(念話) 『次元の狭間から、我々を「観測」している者がおります 』

同じ頃、神戸の音楽室でピアノを叩く凉子も、亨から「思考を読み取ろうとするアクセス」があるとの報告を受ける 。 その直後、二人のデバイスにエレガントな筆記体の文字が浮かび上がる。

『観測終了。フェーズ2へ移行します。明晩二十時、京都・祇園「一力亭」。彼女もお待ちしております 』

〇京都・祇園・一力亭・奥座敷(夜・雨) 黒塗りの座卓を挟み、孝子と凉子が座している。 孝子は赤椿の振り袖を、凉子は青い桔梗の振り袖を纏っている。 静寂の中、襖が開き、黒い着物の女性――黒椿が入室する。

黒椿 「初めまして、混沌の娘、孝子様。秩序の堕天使、凉子様。わたくしが『神託(オラクル)』の代行者ですわ 」

孝子 「悪趣味な観測のせいで、わたくしの日常はひどく退屈になりましたわ 」

凉子 「その下品な視線、わたくしの美学に反しますわあ。今すぐおやめなさい 」

黒椿(二つの黒い封筒を差し出し) 「富士での不協和音……あれこそが、我らが求める新たなる神の産声だったのです。さあ、封筒を開けてごらんなさいな 」

孝子の封筒には凉子の盗撮写真、凉子の封筒には孝子の盗撮写真が入っている。

黒椿 「それが次の『契約』です。互いを狩りなさい。ただし、殺してはなりません。生け捕りにして我らの元へ 」

孝子 「断ったら……?」

黒椿(残忍に微笑み) 「秘密のお遊戯を世界中に公開し、あなた様の日常を破壊する。そして、期限の一週間以内に成し遂げられなければ――相棒のガーディ様と亨様の魂を、責任を持って『処分』させていただきますわ 」

ビルの壁面に、拘束され苦悶するガーディと、漏電したケーブルに焼かれる亨のホログラムが映し出される

凉子 「……っ! 」

孝子 「……!! 」

黒椿 「美学か、家族の命か。さあ、選びなさいな 」

襖が静かに閉まる。 残された二人の少女の瞳には、愛する者を救うための、狂おしいほどの殺意が宿っていた。

(暗転)