第5話:神戸の恋風、あるいは記憶の回廊
【登場人物】
カイ:陽だまり探偵事務所所長。無自覚に女性陣を振り回す。
ひかり:事務員兼マネージャー。涼子への対抗心を燃やす。
エル:カイを「お父様」と慕う少女。記憶の鍵を握る。
高清水涼子:神戸の令嬢。元天使「ラジエル」。
詫間亨:涼子の右腕。天才エンジニア。
北條孝子:鎌倉の魔女。モニター越しに一行を弄ぶ。
ムネモシュネ:記憶を司る権天使。精神干渉を得意とする刺客。

〇 神戸・六甲山の麓(夕方)
眼下に神戸港の美しい夜景を望む絶好のロケーション 。 そこに建つ白亜の豪邸。全面ガラス張りのモダンなデザイン、巡回する警備ドローンなど、鎌倉とは対照的な「未来のラボ」の様相 。 リムジンから降り立つ一行。

涼子「ようお越しやす。ここが、わたくしの愛する神戸、高清水の邸宅ですわ 」
カイ「(サングラスをずらし)へぇ……。鎌倉の魔女屋敷も凄かったけど、こっちはこっちでSF映画だな 」 腕の中では、長旅で疲れ果てたエルがクロの尻尾を握りしめたまま眠っている 。
涼子「(カイにすり寄り)でしょう? カイさん。わたくしと結婚したら、この眺望とスーパーコンピュータが、毎朝のコーヒーと一緒に付いてきますのよ? 」
カイ「えっ? 今なんて? 」 カイの耳は「結婚」という単語を自動的にノイズとして処理している 。
ひかり「(ジト目で)あんた、本当に都合のいい耳してるわね 」 ひかり、涼子の背中を見つめ、小さくため息。 ひかり(M)「ライバルが強すぎる……。でも、負けないんだから 」

〇 高清水邸・地下実験室
無機質な白で統一された空間 。 中央には透明なカプセル型の医療用ベッド 。 詫間亨がコンソールを叩き、無数のホログラムウィンドウを展開する 。

亨「エルの脳波と涼子さんの深層心理データを同期(シンクロ)させる。涼子さんが『堕天』した時の状況を、エルの記憶回路を経由して逆探知するんだ 」
涼子「(ヘッドギアを装着し)準備はええよ。どんな過去が出てきても、今のわたくしなら受け止められます 」

(演出) 室内の照明が落ち、ホログラム映像が部屋全体に投影される。 それは過去の涼子=天使「ラジエル」の視点映像 。

映像のラジエル『待って! ルミナ! なぜ、不完全なものを全て消そうとするのですか! 感情も、痛みも、失敗も……それらがあるからこそ、生命は美しいのに! 』
映像のルミナ『理解不能ね、ラジエル。感情などというノイズに、なぜそこまで固執するの? ……残念よ。あなたは汚染された 』

ルミナが指を弾いた瞬間、映像の視界が回転し、涼子の体は雲海へと落下していく 。 翼が剥がれ落ちる激痛の叫びと共に、映像が途切れる 。

涼子「(冷や汗を流しながら)……思い出しましたわ。わたくしの天使としての名前は『ラジエル』。そして、ルミナとは……かつて共に天界を管理しようと誓い合った、親友でしたの 」

〇 神戸・南京町(中華街)
重い空気の実験室を離れ、一行は南京町へ 。 極彩色の門の向こうは、熱気と喧騒、そして食欲をそそる香りの洪水 。

涼子「はい、カイさん。これぞ神戸のソウルフード、『老祥記』の豚まんですわ! 」 熱々の豚まんを頬張るカイ 。
カイ「熱ッ! 小せえけど中身がぎっしりだ。うめぇ! 」
涼子「ふふ、子供みたいなんやから。あ、口元についてますわよ 」 涼子が自前のハンカチでカイの口を拭こうとするが、横からひかりの手がそれを制す 。
ひかり「涼子さん、お気遣いなく。カイの世話は私の仕事ですから 」 ひかりは手際よくウェットティッシュでカイを拭き、ペットボトルの水を差し出す 。
ひかり「ほらカイ、詰まらせないで。あんたは熱いものを急いで食べる癖があるんだから 」
カイ「お、おう。サンキューひかり 」 長年の習慣。二人の間に、涼子が入り込む隙はない 。
涼子(M)「むぅ。幼馴染みのアドバンテージ、強すぎますわ! 」

〇 路地裏(夜)
エルがふらりと路地の奥へ歩き出す。中華街の喧騒から離れた、薄暗い裏通り 。 空間が歪んだ「裂け目」から、黒い霧が溢れ出し、人型の影となった 。 頭部に巨大な「脳」が露出し、全身に無数の眼球が埋め込まれた異形の天使 。

影『発見。逃亡者ラジエル、および廃棄コード・エル。吾輩は、権天使(プリンシパル)級、ムネモシュネ。記憶を管理し、改竄する者 』
涼子「精神干渉を得意とするタイプですわ! 幻覚を見せてきますえ! 」

ムネモシュネの脳が怪しく発光する 。
ムネモシュネ『楽ニナレ。辛イ記憶ナド捨テテ、幸セナ夢ヲ見ヨ 』 キィィィン……と精神波が放たれる。

カイ「(地獄の独房の幻覚を見るが、頭を振って)俺のトラウマはもっと頑丈だぜ! 舐めんな! 」 だが、涼子は違った。ルミナに拒絶され、翼を毟られる過去の絶望に囚われる 。
涼子「ルミナ……ごめんなさい……わたくしは…… 」 膝をつき、瞳から光が消えていく涼子 。

ひかり「カイ! 『今の涼子さん』を呼び戻して! 天使ラジエルじゃなくて、私たちといる高清水涼子を! 」
カイ「今の……涼子! 」

カイは涼子に駆け寄り、その両肩をガシッと掴んで耳元で怒鳴る 。
カイ「起きろ涼子! ルミナなんて知らねえ! お前は、豚まんの食べ方も知らねえし、すぐ理屈こねるし、面倒くせえし、口うるさくて……でも、最高にイカした『人間』の高清水涼子だろ!! 」

その瞬間、涼子の瞳に光が戻る 。 鼻先には、路地裏に漂う豚まんの匂い 。
涼子「(涙を浮かべながら、いつもの自信満々な笑みで)……ほんまに。デリカシーのないプロポーズですこと 」

涼子がアタッシュケースを開き、亨の送った精神防壁コードを展開する 。
涼子「ムネモシュネ! あなたの見せる悪夢より、この人たちとの『美しゅうない現実』の方が、よっぽど刺激的で素敵ですのよ! 」
涼子「『論理・現実回帰(ロジック・リアリティ・フォース)』!! 」

青い光がムネモシュネを照射し、霧散していた実体を強制的に固定する 。
カイ「実体がありゃ、殴れるんだよ!! 」
カイ「『冥王・双撃(プルート・ツイン・バスター)』!! 」

ドォォォン!! とカイの拳がムネモシュネの脳天を粉砕 。 消滅した跡地から、エルが一つのクリスタルを拾い上げる 。
エル「……見つけた。天界への鍵 」

(M) アップテンポな旋律と共に、一行は次の階層、ラファエルの待つ医療棟への道を見据える。

(第5話 完)