第4話 脚本「落ちこぼれ死神の犬日和」
【登場人物】
カイ(7歳・千年の地獄を耐えた少年)・ソラ(7歳・元奪衣婆の少女)・閻魔大王(冥府の統治者)・シジマ(落ちこぼれ死神・のちのクロ)・ヤミ(死神統括官)・父・母・ ナレーション
○冥府・閻魔庁・私室 (不気味な紫煙が漂う中、閻魔大王が巨大な「浄玻璃の鏡」を覗き込んでいる。鏡に映るのは、小学校の教室で、周囲から浮いて孤立しているカイとソラの姿だ。)
閻魔大王 「……やり方が陰湿すぎる。」
(閻魔は忌々しげに呟き、鏡の映像を切り替える。そこにはヤミ率いるエリート死神たちが、嘲笑いながら地上を監視する姿があった。)
閻魔大王 「魂を狩るのに、心を殺す必要などない。奴らは黒き学び舎で一体何を学んでいるのだ。……いや、あれこそが学び舎の教えそのものか。」
(自らが統括するシステムの歪みに、閻魔は深い溜息をつく。このままでは、自らが地上へ還したカイとソラの魂が、覚醒する前に潰されてしまう。)
閻魔大王 「直接介入すれば死神組織との全面対決は避けられん。……もっと奴らの意表を突くやり方でなければな。」
(閻魔の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。)
閻魔大王 「あそこになら、適任者がいたはずだ。奴らエリートとは真逆の……『落ちこぼれ』がな。」
○冥府・最下層・遺失物倉庫 (形あるあらゆる執着が流れ着く、巨大な倉庫群。埃を被った王冠や赤子の産着が山積みにされている。)
(一人の死神が、黙々と棚を整理している。名をシジマという。他の死神より一回り細く、背中も丸まっている。)
シジマ 「(モノローグ)死神にとって、情は弱さでしかない。仲間を見捨てられなかった俺は、ここでは不適格な存在だ。……だが、俺はこの場所が嫌いじゃない。」
(シジマが古い懐中時計にそっと触れる。持ち主の温かな記憶が、微かな光となって流れ込んでくる。)
シジマ 「……誰かを想う心。学び舎が否定し続けたこの欠片こそが、俺には必要なのかもしれない。」
(そこへ、地響きのような野太い声が響き渡る。)
鬼の役人 「――シジマ!死神番号九百八、シジマはおるか!」
(倉庫の入り口に、閻魔直属の鬼が立っている。)
鬼の役人 「大王様がお呼びである!直ちに閻魔庁へ参上せよ!」
シジマ 「……え?大王様が、俺を?」
(シジマは嫌な予感を覚え、大きく溜息をつく。)
○閻魔庁・玉座の間 (千年ぶりに足を踏み入れた場所の威圧感に、シジマは身を固くする。)
閻魔大王 「堅苦しい挨拶はよい。本題に入る。そなたに、地上へ行ってもらう。ある二人の子供の護衛だ。」
シジマ 「は……?地上?護衛ですか?」
閻魔大王 「エリート共が度を超して遊んでおるのだ。だから、そなたに行くよう命じている。」
シジマ 「しかし!私のような落ちこぼれが、ヤミ様の部隊と渡り合えるわけがありません!」
閻魔大王 「だからこそ、そなたなのだ。奴らは強すぎるが故に、守るべきものの脆さを理解できん。だが、シジマよ。そなたには、奴らが捨て去った『優しさ』がまだ残っておる。」
(閻魔の瞳が鋭く光る。)
閻魔大王 「力で対抗するのではない。奴らの悪意から、ただ、二人の子供の心を守ってやればよい。」
(シジマは困惑するが、王の命令に頭を垂れるしかなかった。)
シジマ 「……御意に……。して、地上ではどのような姿に化ければよろしいので?」
閻魔大王 「案ずるな。そなたに最適な姿を用意してある。」
(閻魔が指を振るう。強力な術がシジマを包み込む。)
シジマ 「ぐ、ぐわあああっ!?骨が……体が縮んでいく!」
(光が収まった時、視線は恐ろしく低くなっていた。シジマの目の前に、黒い毛に覆われた肉球のついた前足が現れる。)
シジマ 「なっ……!?い、犬!?犬じゃありませんか!」
(だが、その声は「きゃんきゃん!」という情けない鳴き声となって響く。)
閻魔大王 「フハハハハ!人間では目立ちすぎる。その豆柴の姿の方が潜入には好都合であろう。」
シジマ 「最悪だ……。」
閻魔大王 「まあそう拗ねるな。不憫に免じて、三分間だけ別のものに自在に変身できる力を授けてやろう。使いどころを誤るなよ?」
(閻魔は豆柴の首根っこを掴み、地上の転送陣へと放り込んだ。)
○地上・都会の路地裏(雨) (激しい雨が降る夜。シジマは泥水に濡れながら、震えていた。)
シジマ 「(モノローグ)生の気配が渦巻く地上は、やはり気持ちが悪い。空腹も寒さも……あの上司め、覚えていろよ。」
(途方に暮れていると、頭上から傘を差す音が聞こえる。)
ソラ 「あ、カイ、見て。わんちゃんだ……。」
(見上げると、一つの傘の下に少年と少女が立っていた。魂の気配で、彼らが護衛対象だと即座に理解する。)
ソラ 「可哀想に……びしょ濡れじゃない。お腹も空いてるのかな。」
(ソラがシジマの前にしゃがみ込む。その瞳には、純粋な哀れみが浮かんでいた。)
カイ 「…………。」
(隣に立つカイは、ただ静かにシジマを見つめる。その瞳は全てを見通すかのように深く、シジマは思わずたじろぐ。)
シジマ 「(モノローグ)普通の子供ではない。この少年……魂の格が違う。」
(千年の地獄を耐え抜いた魂の輝きを、シジマは垣間見る。)
ソラ 「うちに連れて帰ろうよ。お父さんとお母さん、怒るかな……。」
カイ 「大丈夫だよ。僕が説得する。」
(ソラが泥だらけのシジマを、温かな腕で抱き上げる。)
シジマ 「(モノローグ)温かい……。これが、俺が守るべき魂か。……まあ、任務だ。仕方ない。」
(不本意ながらも、シジマはこの状況を受け入れることにした。)
○冥府・暗黒の広間 (ヤミが、部下に命を下している。)
ヤミ 「やり方を変えろ。物理的な攻撃ではなく、精神的、社会的苦痛を与えるのだ。」
ヤミ 「周囲の人間の心を操れ。両親には不信を、友人には嫉妬と悪意を植え付ける。じわじわと奴らの環境を地獄に変え、社会的に孤立させるのだ。そうなれば、魂は内側から崩壊する。」
(ヤミの酷薄な笑みが、モニターに映るカイとソラの家族を射抜く。)
○アパート・室内 (数日後。カイとソラを迎え入れた豆柴に、ソラが名前をつける。)
ソラ 「今日からあんたの名前は『クロ』だよ!よろしくね、クロ!」
(クロは「ワン!」と短く返事をする。)
(だが、その背後で、テレビのニュースが不穏な事件を報じている。)
テレビの声 「昨夕、町内の小学生、高山献太くんが忽然と姿を消しました。警察は神隠しの可能性も含め……。」
(ニュースを聞き、カイの表情が険しくなる。)
カイ 「……始まった。また、奴らが動き出したんだ。」
(窓の外、暗雲が立ち込める空に、巨大な死神の鎌が重なる。)
ナレーション 「孤立し、凍てついていた双子の小さな世界にやってきた一匹の犬。その正体が、冥府から遣わされた不本意なる守護者だということを、まだ誰も知らない。」
○スタッフロール (エンディング曲「陽だまりのパズル」が流れる中、クロが家族の輪に加わっていく幸せなスナップ写真が並ぶ。だが、その端々に黒い影が侵食し始める。)
(第5話予告) カイ 「献太くんがいなくなったのは、僕たちのせいじゃない。」
ソラ 「どうして……どうしてみんな、そんな怖い目で私たちを見るの?」
カイ 「廃工場。あそこに、奴らの『匂い』がする。」
ナレーション 「次回、ネザーワールド・リヴァイヴ。第5話『神隠しの正体』。失われた信頼を取り戻すための、夜の追跡劇。」