第8話 脚本「深淵の取引、現実への祈り」
【登場人物】
カイ(19歳・「空虚」の力を宿す青年)・ソラ(19歳・念動力と千里眼を持つ少女)・ひかり(19歳・事態を分析する知恵袋)・クロ(元死神シジマ・豆柴の守護者)・鬼塚(大学の新学長・その正体はスサノオ)・地獄の番人たち(ゲラ、ナエ、ザン)・大学生たち・ナレーション

○帝都学院大学・メインキャンパス(昼) (抜けるような青空の下、若者たちの活気に満ちた大学の中庭。噴水の周りではサークル勧誘の声が響き、テラス席では学生たちが談笑している。カイ、ソラ、ひかりの三人は、大学二年生として穏やかな日常を過ごしていた。)

(だが、その平穏は、キャンパス中央にそびえる時計塔の不気味な鐘の音によって破られる。重く、魂を直接揺さぶるような音色が、楽しげな学生たちの声をかき消していく。)

ひかり 「……この鐘の音、何?。いつものチャイムじゃないわ。聴覚を直接麻痺させるような不協和音が混ざってる……。」

(ひかりがタブレットを取り出し、大学のネットワークをチェックし始める。)

ソラ 「(胸を押さえ、苦しげに)うっ……。千里眼が暴れてる。大学全体に、何かドロドロとした黒い霧が流れ込んでくるのが見える……!」

(キャンパスの中心、大講堂の壇上に、一人の男が姿を現す。新学長・鬼塚だ。彼の背後には、感情の欠落した能面のような顔をした新任教授たちが、衛兵のように並んでいる。)

鬼塚 「静粛に、帝都学院の選ばれし者たちよ。今日、諸君の退屈なモラトリアムは終焉を迎える。」

(鬼塚が手を広げると、彼の指先から放たれた黒い波動が空を覆い、キャンパス全体を包み込む巨大な半透明のドーム状の結界を形成していく。)

鬼塚 「これより本校を、地上における『黒き学び舎』へと再定義する。ここにいる数千の学生よ。諸君はこれから一週間、この隔離された戦場の中で、生き残りを賭けた試練に挑んでもらうのだ!」

(逃げ惑う学生たちが校門に殺到するが、結界に弾き飛ばされる。阿鼻叫喚の地獄が、一瞬にして平和なキャンパスを塗りつぶしていく。)

○大学・図書館(夕方) (ひかりの的確な誘導により、カイたちは大学内で最も堅牢な図書館へと逃げ込んだ。外からは破壊音と、何かに取り憑かれたような学生たちの絶叫が絶え間なく聞こえてくる。)

ソラ 「(書架で入り口を塞ぎながら)カイ、外が……外が大変なことになってる!。みんな、目が血走って、まるで獣みたいに争い始めてる!。」

ひかり 「(キーボードを高速で叩きながら)……やっぱりだわ。鬼塚……いいえ、スサノオは、地獄の番人たちの力を使っているのよ。笑いを狂気に変える『ゲラ』、絶望を伝染させる『ナエ』、そして幻覚の痛みを与える『ザン』。彼らの霊的周波数が大学の放送設備から流され続けている。みんな、正常な判断能力を失わされているんだわ!。」

(足元で、クロが全神経を研ぎ澄ませて唸っている。その毛並みは、かつての冥府の記憶に呼応して逆立っている。)

クロ(心の声) 「(念話)小僧、気をつけろ。奴らが来るぞ。……あの、救いようのない殺気。エリート死神たちの手先になった、堕ちた学生たちがこの建物を包囲している……!」

カイ 「(静かに立ち上がる)……わかっている。ひかり、ソラ、クロ。……君たちはここから動かないでくれ。僕が、このふざけた遊戯を終わらせる。」

(カイの瞳には、かつての地獄の囚人でも、ただの学生でもない、一切の光を飲み込む『深淵なる空虚』が宿り始めていた。)

○図書館・一階ホール (バリケードが激しい衝撃で吹き飛ばされる。かつてのサークル仲間だった矢倉が、虚ろな瞳で鉄パイプを握り、先頭に立って乱入してくる。)

矢倉 「カイ……!。お前さえいなければ!。お前たちが特別だから、俺たちはこんな目に遭うんだああ!!。」

(矢倉に続く数十人の学生たちが、狂ったように本を投げ、書架を倒しながらカイに襲いかかる。その背後には、死神の衣を纏った番人『ゲラ』の幻影が、不快な高笑いを上げながら浮遊していた。)

ゲラ 「さあ、笑え!。壊せ!。秩序こそが地獄!。この狂った笑いこそが、お前たちの真実だ!!」

(襲い来る学生たちの群れを前に、カイは一歩も引かない。彼はただ、静かに目を閉じる。)

カイ 「……世界は、かくあるべし。……お前たちの憎悪に、何の意味も与えない。」

(カイが目を開けた瞬間、その瞳は漆黒のブラックホールへと変貌した。彼の体から放たれた不透明な波紋が、ホール全体を覆い尽くす。)

○図書館・戦闘の終焉 (波紋が触れた瞬間、ゲラの狂気混じりの笑い声が、ぷつりと途切れた。振り上げられた鉄パイプ、放たれた罵声、溢れ出していた憎悪……そのすべてが、カイの「空虚」によって存在意義を奪われ、ただの無機質な運動へと還元される。)

矢倉 「(武器を落とし、呆然と)……俺は、何をしていたんだ?。なぜ、こんなに怒っていたのか、思い出せない……。」

(学生たちは糸が切れた人形のように座り込む。彼らの心から、植え付けられた意味(狂気)が消え去っていた。)

ゲラ(幻影) 「な、なんだこれは!?。私の『狂笑』という概念そのものが……飲み込まれていく……!?。ありえない……神の力を、人間の子供が無効化するだと!?」

(ゲラの影は、恐怖の叫びを上げながら、カイの放つ虚無の渦に吸い込まれ、霧散していった。)

○屋上・鬼塚(スサノオ)の視点 (混乱が収束し始めた図書館を見下ろし、鬼塚の顔が怒りと戦慄に歪む。)

鬼塚 「(低い声で)……バカな。地獄の理を書き換えるどころか、神の存在そのものを否定する力か。……二歳の時までに、奴を完全に消滅させておくべきだったな……!」

(鬼塚は空に向かって手をかざし、最後のカードを引こうとする。)

鬼塚 「天照よ、見ているか!。お前が信じた『愛』が、いま究極の『虚無』を生み出そうとしている!。世界を救うのは秩序か、それともこの全てを無に帰す闇か、証明してやろうじゃないか!!」

○図書館・夕闇 (力を使ったカイの膝が折れ、ひかりが背後から抱きとめる。)

ひかり 「カイくん!。しっかりして!。」

カイ 「……大丈夫だ、ひかり。……ただ、少し疲れただけだ。……でも、ようやくわかった。僕のこの力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。大切なものを守るために、理不尽な運命を『無かったこと』にするための力なんだ。」

(倒れたソラとクロが歩み寄る。四人は崩壊した図書館の中で、静かに明日への戦いを見据える。)

ナレーション 「神々の遊戯盤と化した学び舎。少年が覚醒させた究極の拒絶は、古き秩序を崩壊させ、新たな創世の予兆を告げていた。」

○スタッフロール (エンディング曲「陽だまりのパズル」が流れる。荒れ果てたキャンパスに、月読命が残した不吉な予言の残響が重なる演出。)