第8話 脚本「融合の雷火」
【登場人物】
北條孝子(17):地獄の力を振るう少女。サディスティックな愉悦を糧にするが、「虚無」に心を折られかける。
高清水凉子(17):天界の力を振るう少女。論理と美学を重んじるが、戦う意味を見失いかける。
ガーディ:孝子の相棒。物理干渉を超えた概念系の番人の力に戦慄する。
詫間亨(25):凉子の相棒。通信越しに凉子の精神崩壊を食い止めようと必死に叫ぶ。
キジマ:『アルカディア財団』の指導者。概念系の番人を従え、新世界の創造を企む。
【本編】
〇富士山麓・旧軍地下要塞・講堂(夜) キジマの背後に、巨大な二柱の番人が実体化している。 光と音を吸い込む「虚無」。生命力を貪り食らう「飢餓」。 講堂全体が、物理的な重圧とは異なる、魂を押し潰すような冷たい波動に支配される。
ガーディ(念話。震える声で) 「お嬢様、いけません!アレは番人の中でも最上位の『概念系』。我らのような物理干渉系とは、格が違いますぞ!」
キジマ(冷酷な笑みを浮かべ) 「まずは、貴様らの『意志』を、無に帰そう。抵抗など、最初から無意味だったのだよ」
キジマの目が人間離れした光を放つ。「虚無」の力が波動となって二人を襲う。
〇同・精神世界(イメージ) 凉子の膝がガクンと折れる。 手から電流鞭が滑り落ち、その青い輝きが急速に色褪せていく。
凉子(虚ろな瞳で) 「……なぜ、わたくしは戦っているの。美しさなんて、所詮は個人の主観……秩序もいつかは崩れる砂上の楼閣。こんなこと、何の意味もありませんわあ……」
亨(通信。必死の叫び) 『凉子様!しっかりしてください!論理を……あなたの美学を取り戻すんだ!』
亨の言葉すら、今の凉子には遠いノイズのようにしか聞こえない。 一方で、孝子もまた立ち尽くしていた。電光剣の炎がロウソクの火のように弱々しく揺らめく。
孝子 「……あら?なぜ、苦痛を……?痛いのは、嫌ですわね……面倒だわ。もうどうでもいい。早く、おうちに帰って眠りたいわ……」
彼女の魂を突き動かしていた加虐的な愉悦が、潮が引くように消え失せていく。
キジマ 「そうだ。それが真理だ。全ては無に帰す。無駄な足掻きはやめて、我らの一部となりなさい」
「飢餓」の力が無数の黒い触手となり、無防備な二人の体に絡みつく。 二人の生命力が吸い取られ、肌から生気が失われていく。
〇講堂・中央 絶体絶命の瞬間。だが、黒い触手に縛り付けられた二人の瞳が、不意に、互いの姿を捉えた。 孝子の目に映ったのは、あの完璧だった堕天使が、壊れた人形のように無様に枯れ果てていく姿。 凉子の目に映ったのは、あの傲慢だった地獄の女が、捨てられた獣のように哀れに震えている姿。
孝子(心の奥底で、小さな、しかし熱い火が灯る) (……面白くない。わたくしが壊すはずだった、極上の玩具を……あんな醜い化け物に横取りされてたまるもんですか!)
凉子(心の最深部で、論理の火花が散る) (……美しくない。わたくしが浄化すべき最大の『バグ』を……あんな非論理的な混沌に消去されてなるもんですか!)
友情でも共感でもない。互いへの、絶対的なまでの「殺意」と「執着」。 その強烈な負の感情が、虚無の枷を跳ね返す唯一のアンカーとなる。
孝子・凉子(同時に顔を上げ、絶叫する) 「「わたくしの獲物に、手を出すな(ださないで)!!」」
次の瞬間、二人の魂が憎悪を触媒にして暴走・共鳴した。
〇同・激動の講堂 孝子の体から赤い混沌のオーラが、凉子の体から青い秩序のオーラが噴き出す。 二つの力が互いを引き寄せ、融合していく。
孝子・凉子 「「おおおおおおおおおおっ!!」」
二人を中心に、赤と青の螺旋を描く巨大な竜巻が発生する。 地獄の炎が天の雷を纏い、天の雷が地獄の炎を燃料とする――「混沌の雷火」。 それは、苦痛を与えながら瞬時に消滅させるという、矛盾に満ちた絶対的な破壊エネルギー。
キジマ(生まれて初めて目を見開き) 「これは……『神託』の計算にない!馬鹿な、我らの法を上書きするだと!?」
キジマが慌てて防壁を張るが、遅すぎた。 赤と青が入り混じった雷火が二柱の番人を、そしてキジマ本人を直撃する。
キジマ 「グボアアアアアアアッ!!」
地獄の番人たちは霊体を引き剥がされ、一時的に消滅。 キジマはローブを焼かれ、片腕を失いながら壇上から無様に吹き飛んだ。
亨・ガーディ(同時に叫ぶ) 『今です!脱出路を確保しました!全速力で!』
孝子 「……ちっ!美しくない力ですわ!」
凉子 「……反吐が出ますわあ。不浄な混沌に汚染されるなんて!」
二人は憎しみを込めて一瞬睨み合うと、重傷のキジマにとどめを刺すことも忘れ、それぞれのサポート役が示した脱出路へと走り出した。
〇富士山麓・道路(深夜) 崩壊を始めた要塞から逃れ、別々の車に乗り込んだ二つのチーム。 横浜へと向かう車内、孝子は指先に残る青い電撃の残滓を見つめ、不快そうに顔を歪める。 神戸へと向かう車内、凉子はスーツに残った赤い炎の焦げ跡を、嫌悪に満ちた目で見つめる。
互いの力が混じり合った、あの未知の感覚。 それは二人にとって最強の切り札であると同時に、自らの美学を根底から汚す最大の禁忌であった。 だが、『神託』の真の目的――混沌と秩序を強制融合させ、新たなる神を降臨させる実験は、この日、確かに一歩前進してしまったのだ。
(暗転)