第3話 脚本「家族の絆、決死のブレーキ」
【登場人物】
カイ(7歳・千年の地獄を耐えた魂)・ソラ(7歳・元奪衣婆の魂)・父(家族思いの平凡な会社員)・母(少し心配性な元看護師)・死神A・B・C(ヤミの部下の精鋭)
・ナレーション
○峠道・走行中の車内(昼) (抜けるような青空の下、一台の乗用車が山間部を走っている。窓の外には、深い緑が連なる峠道の景色が流れていく。車内には穏やかなラジオの音声と、家族の談笑が響いている。)
父 「あともう少しでこの峠も終わりだぞ。頂上の展望台で、美味しい空気とソフトクリームを堪能して帰ろうな。」
(運転席でハンドルを握る父は、ミラー越しに後部座席の子供たちへ微笑みかける。)
母 「ふふ、お父さんたら。自分が一番楽しみにしてるんじゃない?二人とも、車酔いは大丈夫?。」
(助手席の母が、後部座席のカイとソラを振り返る。ソラは元気よく身を乗り出す。)
ソラ 「平気平気!私、バニラとチョコのミックスにするって決めてるんだもん!。」
(快活に笑うソラに対し、カイは窓の外をじっと見つめている。その表情は、七歳の子供とは思えないほど険しく、静かだ。)
カイ 「(モノローグ)……おかしい。さっきから、鳥の声が聞こえない。風の匂いも、生き物の気配が急激に薄れていく。この感覚、覚えがある。冥府の、あの粘つくような冷たい風と同じだ。」
(カイの瞳には、路肩の木々から紫色の不気味な霧が染み出し、車を包み込もうとしているのが見えている。)
カイ 「(小声で)……また、来た。」
母 「カイ?どうしたの、難しい顔して。やっぱり気分が悪いの?。」
カイ 「……お父さん、車を止めて。今すぐ!。」
父 「え?急にどうしたんだ、カイ。こんな狭い道では急には止まれないぞ。」
○峠道・崖の上 (黒い衣を纏い、巨大な鎌を手にした三体の死神が、崖の上から獲物を待つ獣のように車を見下ろしている。)
死神A 「ターゲット確認。肉体の防御が弱い今のうちに、その魂を冥府へと連れ戻す。」
死神B 「フフフ……。ただの事故として処理される、最高の舞台だ。冥府の秩序を乱すイレギュラーどもに、絶望の終焉を与えてやろう。」
(三体の死神が同時に手をかざすと、凄まじい負のエネルギーが車に向かって放たれる。)
○走行中の車内 (突然、車内の気温が氷点下まで下がったかのように急降下する。窓ガラスが一瞬で白く曇り、空気の色が歪む。)
父 「……あれ?なんだか、急に……頭が……重い……。」
(父の意識が、死神による強力な精神干渉によって急速に混濁していく。)
母 「あなた……?私も……なんだか……眠気が……。」
(助手席の母も、こめかみを押さえながら意識を手放しかける。)
カイ 「ソラ!お父さんたちを揺り起こして!これは普通の眠気じゃない!。」
(カイの叫びも虚しく、父の首が力なくガクリと横に倒れる。同時に、走行中の前輪のすぐ脇で、死神が引き起こした不自然な落石が起きる。)
父 「う……うぅ……。」
(朦朧とした父の手がハンドルを切り損ねる。車体はガガガッと激しい音を立ててガードレールに接触し、火花を散らす。)
ソラ 「お父さん!起きて!危ない!。」
○峠道・断崖絶壁 (激突の衝撃で古びたガードレールがぐにゃりと歪み、外側へ押し出される。車の前輪がアスファルトから離れ、宙に浮く。)
母 「きゃああああっ!!。」
(母の悲鳴が響く中、車は絶望的な角度で崖下へ傾いていく。その先は数百メートル下の谷底だ。)
(衝撃で意識を失った両親。アクセルペダルには、硬直した父の足が乗りかかったままになっている。)
カイ 「(モノローグ)死ぬ……?いや、嫌だ!。ようやく手に入れたこの温かい日常を、こんな理不尽に奪われてたまるか!。」
(崖の下では、死神たちが嘲笑うように車を見上げている。)
死神C 「これで終わりだ。バグは消去される。」
○車内・覚醒の瞬間 (死が鼻先まで迫ったその刹那。ソラの体から、これまでのどんな光よりも鋭く、荘厳な、淡い光が爆発的に迸る。)
ソラ 「……あなたたちは……私たちの邪魔を……しないでえええええ!!。」
(ソラの魂の叫びが物理的な衝撃波となり、車を包み込んでいた死神たちの精神干渉を木っ端微塵に弾き飛ばす。)
死神A 「なっ……!?ぐわあああっ!!。」
死神B 「馬鹿な……!奪衣婆の力が、これほどまでの出力で……!?。」
(衝撃波を受けた死神たちが崖下へ吹き飛ばされる。一瞬の空白が生まれる。)
カイ 「ソラ!今だ!。お父さんの足を除けて、ブレーキを踏むんだ!!。」
ソラ 「わかったああっ!!。」
(ソラは後部座席から必死に身を乗り出し、父の足をペダルから力任せに押し退ける。そして、小さな自分の両足に全体重を乗せ、床が抜けるほどの勢いでブレーキペダルを蹴り飛ばした。)
(キーーーーーーーーーッ!!!という、この世の終わりを告げるような金属摩擦音が峠に響き渡る。)
○峠道・崖っぷち(夕方) (車体は崖に向かう慣性をかろうじてねじ伏せ、山側の岩肌に激突しながらようやく停止した。車内には焦げたゴムの匂いと、静寂が訪れる。)
(カイとソラは、激しい息を繰り返しながら、震える手を取り合う。)
ソラ 「……はぁ、はぁ……。カイ……大丈夫?。」
カイ 「あ、ああ。……ソラが、助けてくれたんだ。」
(崖下で体勢を立て直した死神たちが、忌々しげに二人を睨みつけている。)
死神A 「信じられん。我ら三体の干渉を弾き返すどころか、自力で運命を捻じ曲げたというのか……。」
死神B 「これ以上の追撃は危険だ。一旦引くぞ……。だが、お前たちの命、必ず地獄へと回収してやる。」
(死神たちは霧に溶けるように姿を消す。)
○停車した車内 (カイが気絶している両親の脈を確認する。安堵の表情。)
カイ 「……生きてる。お父さんもお母さんも、生きてるよ。」
ソラ 「(涙を浮かべながら)よかった……。本当によかった……。」
(ソラが自分の掌を見つめる。先ほどの光の感覚が、まだ掌に残っている。)
カイ 「ソラ、確信した。僕たちは普通の子供じゃない。そして、僕たちを執拗に殺そうとする、恐ろしい連中が確実に存在する。」
(カイの瞳に、千年の苦痛を耐え抜いた王の威厳と、仲間を守るという新たな決意が宿る。)
カイ 「僕たち、戦わなくちゃいけないんだ。この日常を守るために。」
ソラ 「うん……。負けない。カイのことも、お父さんとお母さんのことも、私が、私たちが絶対に守るから!。」
(夕闇が迫る中、二人の小さな戦士が、過酷な運命に抗い続けることを静かに、しかし固く誓い合った。)
ナレーション 「かつて地獄を耐え抜いた魂と、地獄を知らない奪衣婆の魂。地上で双子として生まれ変わった二人は、今、初めて同じ目的のために心を一つにした。それは、冥府の秩序に抗う、長く険しい戦いの始まりであった。」
○スタッフロール (エンディング曲「陽だまりのパズル」が流れ、家族旅行の楽しかった瞬間のスナップ写真が、少しずつノイズに塗れていく演出が入る。)
(第4話予告) カイ 「誰も信じてくれない。学校も家も、冷たい悪意に満ちている。」
ソラ 「どうして……?私たち、何も悪いことしてないのに!。」
カイ 「暗い路地裏で震える、黒い影。……お前、何者だ?。」
ナレーション 「次回、ネザーワールド・リヴァイヴ。第4話『落ちこぼれ死神の犬日和』。絶望の淵で出会ったのは、一匹の不機嫌な守護者だった。」