時間と空間の開放
社会福祉法人の事業所である社会福祉施設で働く職員は、給与(報酬)だけが、全てではない。また、上司や同僚から良い評価を受けることが全てではない。社会福祉施設で働く職員にとっての、最も素晴らしく価値のある報酬は、福祉サービス利用者があなたを信頼し、あなたを愛し、あなたに感謝の気持ちを抱いてくれることである。そして、それは、生半可な気持ちで、利用者と接していても得られるものではない。それを得るためには、利用者と真剣に向き合うことが大切である。真剣に向き合うためには、時間や空間に縛られず、利用者の想いを、どこまで受け止められるかに掛かっている。では、時間や空間に縛られるとは、どの様なことであろう。
時間は、利用者と共に過ごす時間に他ならない。一週間を時間に換算すると168時間であるが、労働基準法を遵守すると一週間40時間だけしか、利用者と接することができない。つまり、率で換算すると一週間の23%だけが、利用者とあなたに与えられた時間になる。時間に縛られるとは、その23%に縛られると言うことである。その23%の中には、利用者が外出中や帰宅している時間も含まれるため、正確には、もっと率が下がる。あなたは、23%の時間に縛られて、利用者からの信頼を得ることが出来るだろうか。この23%を一年で換算すると365日中84日分になる。落ち着いて、利用者の側に立って、利用者の視線に合わせて考えてみると、一年間の内、たった84日分だけ関わってくれる職員に対して、どれだけの親近感が湧くだろう。どれだけの信頼感を抱くことが出来るだろうか。非常に難しく困難な課題である。「あなたのことをいつも考えているよ。あなたを心配しているよ。」と言う台詞に、どれだけの真実みを利用者に感じて貰うことが出来るだろうか。利用者と真剣に向き合うためには、或いは、利用者と時間を共有するためには、時間に縛られている自分を解放する勇気が必要である。そこには、報酬や他人からの評価は、何の意味もなさない。ただ、あなたと利用者の関係だけが全てになるのである。
空間は、あなたの居場所である。利用者と共に過ごす空間が、あなたの最大の居場所なのか、プライベートな空間が最大の居場所なのか。あなたのライフワークで、どちらの空間が、優先的に占められているのかが問われる。利用者は、敏感である。自分と共に過ごす空間が、2番目の場所なんだと察すれば、それだけで、あなたに対する親近感は、脆くも崩れていくことになる。利用者は、福祉サービスに対して、或いは、自分への注目度に対して貪欲に欲するのである。その利用者の気持ちに、どこまで応えることが出来るのかが、あなたに求められている。
時間や空間に縛られていても、利用者の心の扉にノックすることは出来るかも知れないが、ドアは閉じたままかも知れない。心の扉を利用者自らが開けるためには、あなたが時間や空間に縛られずに、心から利用者の気持ちに共感する姿勢が必要である。「あぁ、この人の前だったら自分を開放できる」と、利用者が、あなたに対して思った時、それは何にも代え難い、あなたへの報酬になる。
利用者とあなたとの関係は、他人が、その筋道を導いてくれる内容ではない。あなた自身が、利用者と、どの様に向き合うかが全てである。つまり、時間と空間に縛られる自分を選ぶのか、時間と空間から解放された自分を選ぶのか、あなた自身が葛藤の末、決定しなければならない。
福祉施設で働くと言うことは、人格と人格のふれあいが中心であって、企業で言う利益は、利用者との信頼関係に他ならない。その信頼関係があって初めて、福祉サービスがスタートするのである。
人生は、たった一度だけ、時間は、情け容赦なく過ぎていき、年齢を重ねていく。あなたが紡いでいく歴史の中に、利用者と共に生きる瞬間が、深く刻まれていくことを願っている。