社会福祉法人におけるイノベーション
日本における社会福祉法人は、国や自治体が担うべき福祉サービスを委託され、その委託料と言うべき補助金を受けて経営してきた。社会福祉法人は、行政にとっては、公的福祉を代行してくれる存在であり、社会福祉法人にとって、行政は、経済的な経営保障を担保してくれる存在となる。そのため、事業所となる社会福祉施設は、利用対象者毎に施設種別が定められ、それに応じて業務内容も画一化されている。それは、公的福祉の代行であり、福祉利用者である国民が、どこの福祉施設を利用しても、最低限のサービスを受けられることを保障する目的があった。国や自治体から認可されている福祉サービスと無認可の福祉サービスでは、安心感や信頼感に明らかに差異がある。
国や自治体には、福祉サービスの公共性を維持していくと共にサービスの質の低下を防がなければならない使命がある。また、補助金を出しているとの優位性があり、行政による指導監査等を通して、福祉施設への認可に対する責任と、福祉サービスの管理を行ってきた。
国民にとっては、日本全国、共通のルールで福祉サービスを受けることができる。現在の制度が複雑ではないと言えないが、共通のルールであることは、大きな混乱を避けることが出来る。国や自治体が管理監督していると言う事実は、福祉サービスを利用するにあたって大きな安心感である。
国民の福祉は、国家が保障すべきであると考えるが、反面、国や自治体の介入は、福祉サービスが画一化されることにより競争原理が働かなかったことも事実である。社会福祉法人は、管理する事業所が福祉施設として認可を受けるために定められたルールの福祉サービスを整備し、認可を取り消されないように指導監査に臨む。新しい取り組みを取り入れるには、制度が変わらなければならず、手続きに時間を要し法制化には更に時間を要する。競争原理が働かないだけでなく、福祉サービスのニーズへの対応が即効性に欠ける。などが影響し、イノベーション(革新)に積極的にスピード感を持って取り組むことはなかった。否、取り組む必要がなかった。最低限の経営資金は、補助金で賄われていたからである。しかし、現在は、介護費や支援費等により制度設計が刷新され、最低限の福祉サービスは担保されているが、それ以上の福祉サービスは事業所の能力が発揮されなければならない。また、これまでの福祉業界に異端児が登場することになる。それが、株式会社や有限会社などの参入である。それによって、会計基準も刷新され、一定の枠組みにより運用されていたコスト配分が緩和され、事業者独自の経営方針によるコスト配分の柔軟性が認められるようになっている。つまり、福祉サービスの多様化が促進されてきている。
福祉の世界でも、イノベーションが成されてきたことは事実であり、それによる福祉サービスの向上は認められる。しかし、福祉サービスの質は、時間や労力、思いやりや気配りなど、目に見えない部分が多く占められる。従って、福祉サービスの質向上には、職員数を増員したり、専門職としての能力を向上させたり、トップダウンによる運営ではなく、職員による経営参加の門戸を広げ、アイデア採用の多様化が欠かせない。反面、市場原理における競争の中で、「低コストにおける良いサービス」との幻影に踊らされ、職員への報酬削減を当然のごとく挙行するなどの愚策に走る社会福祉法人も現れる。
社会福祉法人の事業所がイノベーションを起こす場合に、行政の制度が大きく関わってくることは事実であるが、それは、公的福祉の代行者であるが故に、国民への最低限の福祉サービスを支えているという側面を持っている。しかし、現在は、国民のニーズも多様化しており、参入事業者も多様化している。「これまでのサービスの質を維持していこう」的な方針では、近い将来淘汰されていく運命をはらんでいるのである。制度的な枠組みの中で、コスト的な活動制限があるとしても、アイデアは無限にあるはずである。福祉サービスは、時間消費型サービスとも表現されるが、サービスの質の大部分は、見えない部分に存在するのである。イノベーションの材料も、目に見えない部分に隠れているだけで、発見していないだけである。
社会福祉法人毎に事業所毎に、特徴を持っている。地域性や建物の構造など空間的な特徴、人材の質的特徴、最新機器や最新技術などの特化的特徴などであるが、それらは、「強み」である。われわれは、必ず、何らかの強みを持っているのである。その強みを最大限に活用していくことがイノベーションの基本である。