人事と労務管理

 社会福祉法人の使命は、国民が福祉サービスに満足を得ることであり、それが社会貢献へと繋がっていくことである。つまり、顧客満足(customer satisfaction)、略してCSの度合いを高めていくことに他ならない。福祉サービス利用者のニーズを的確に把握し、その期待に応え、満足感や充足感を得て貰う。
 しかし、CSだけを追求していくと、福祉サービスは、職員の意義の持ち方や時間の有効利用によりサービスの質が左右される側面があり、職員の労働条件に大きく影響していくことになる。労働条件が厳しくなると、職員の体力面、精神面にダメージを与え、モチベーションの低下に繋がる。従業員満足(Employee Satisfaction)、略してESの度合いが低下していくことになる。それは、CSに反映し、負のサイクルが生じることになる。
 従って、職員ひとり一人が、社会福祉法人の使命に共感し意欲と愛情を持って業務に就き、その業務進捗に対して正当な対価を受けることが出来れば、ESの度合いは高まっていく。社会福祉法人の使命は、「夢」とも表現できるが、職員が社会貢献に対して夢を抱き、それを実現していくことも社会福祉法人は担っている。また、責任や権限の委譲により、職員のモチベーションが高まることもあり人事による影響は大きい。
 われわれは、CS(顧客満足)を起点として、事業を進捗させ展開していく。そのCS度を高めていく大きな強みが、職員たちの働きである。ES(従業員満足)を高めていくことが社会福祉への貢献度を高めていくことに繋がることは言うまでもない。
 人事・労務に対して戦略を構築し組織を整理していく事は、重要であり、社会福祉事業を開始する時点で整理しておかなければならない。
 人事が組織を形成する。人事によって組織が活性化したり陳腐化したりする。人事制度とは社会福祉法人にとって重要な要素であり、使命に対して成果をあげるに至るキーポイントである。
①組織図と人事
 社会福祉事業の業務内容によって組織図は変化する。「何を成すべきか」によって、組織編成を考えなければならない。業務内容によるチームリーダーの選出、それに伴う役割分担や権限委譲を明確にしなければならない。また、人件費支出を考慮し、正職員、非常勤職員、ボランティア職員のバランスを考えなければならない。また、社会福祉法人の組織図は、ピラミッド型に囚われずマトリクス型の導入も効果がある。ピラミッド型の場合、縦割りの組織に陥りがちであるが、マトリクス型を併用することによって、横断的な繋がりも構築されるのである。福祉サービスを受ける側は、人であり、一過性のサービス提供であれば、指示命令系統が縦割りでも何とかなるが、大抵の福祉サービスは継続的であり複合的である。横断的な連携がなければ、CS(顧客満足)度は向上しないのである。
②雇用計画と管理
 雇用人数を確定しなければならない。社会福祉法人の場合、人件費に支出できる予算には限界がある。正職員雇用数、非常勤職員雇用数、業種による専門職の割り振り等を明確に定め採用人数を決定する。それから求人募集を行い選考することになる。選考は、複数で行うのが望ましい。理事長だけ、施設長だけで選考を行うと、チームリーダーは、職員を割り振られたとの受け止め方に陥る危険性があり、人材育成への責任感が構築されにくい。また、福祉サービス現場における適材適所の判断をする場合、チームリーダーの意見は重要であり、選考にあたっては、チームリーダーを関与させるほうが理にかなっている。
 職員を雇用するとき、労働契約を取り交わさなければならない。法令遵守の労働条件を確認し合うことが雇用の基本である。事業が複数年になると、昇進、事業所が複数箇所ある場合は、異動等の人事的判断が必要である。
③人事評価と職業感の確認
 理事長と施設長は、経営者として職員の人心掌握に務めなければならない。人は、良い評価を受けると更に能力を発揮する。業務遂行能力、業績、積極的な行動、仕事に対する態度、姿勢を「見ること」、「知ること」をしなければならない。評価が低ければ、その低い評価の理由を伝えなければならない。職員の資質が向上すること、社会福祉従事者として成長することを経営者は担わなければならない。その手段の一つとして、定期的な職員面接の実施が挙げられる。
④給与と福利厚生
 人件費支出は、給与と福利厚生によって占められている。給与体系の基本は国家公務員俸給表であり、昇給幅や賞与率については人事院勧告に準じている。しかし、法人独自の俸給表を採用している社会福祉法人も多い。福利厚生として、社会保険への加入、労働保険の適用、退職年金共済への加入が挙げられるが、事業所の義務として、最低年1回の職員健康診断を行わなければならない。
 給与規定を策定し、給与支給(各種手当て含む)に関するルールを明確にしなければならない。
⑤就業及び勤務時間管理
 就業規則を策定するが、必ず働く職員の同意によって改訂しなければならない。また、理事会の承認を経て、改訂が執行されることになる。就業規則に含まれるが、就業時間、休憩、休日の設定を明確に示さなければならない。その際、労働基準法を遵守することは当然のことである。
⑥職員教育
 職員を雇用し放任することは事業所にとって損失である。経営者は、人材育成に努めなければならない。それが、福祉サービスの向上に直結するのである。福祉に関する専門知識と技術の習得、対人関係能力の資質向上、資格取得の推奨、リーダー研修、自己啓発等、法人としてプログラム化し実施するのが望ましい。
⑦非常勤雇用職員の管理
 労働条件を明確に示し、非常勤職員用の就業規則を整えなければならない。
⑧協調態勢と情報の共有化
 報連相(報告・連絡・相談)は、上司と部下の関係だけではなく、同僚間でも徹底することが重要である。そのためには、情報の共有化に工夫が必要である。昨今では、イントラネットを構築し、グループウェアを活用した情報共有システムを導入している法人も多い。また、職員と言えども人間であり、職員間の人間関係の不協和音は、業務に影響を与える。これら人間関係の調整も取り組むべき課題となる。更に、職場に対する不満を抱く職員もいる。その不満を早期に解決していくシステムも重要である。苦情・要望解決のシステムは、福祉サービス利用者向けのシステムと労働者である職員向けのシステムと二本立てで構築する必要がある。
⑨退職管理
 職員が退職する場合、職員側の都合でも事業主側の都合でも、事業主と職員間での合意が成立していれば良いのである。しかし、時には、就業規則に従って解雇する事態になることもある。普通解雇、諭旨解雇、懲戒解雇等が挙げられるが、合理的理由が明確でなければ解雇権の濫用となるため十分に気をつけなければならない。
 定年、再雇用、継続雇用、契約期間満了等、退職に関わる調整業務がある。

 社会福祉法人の経営者、社会福祉施設の長は、経営者の立場であると同時に雇用主である。労働基準法的には、使用者となる。法令遵守は、当然の義務であるが、福祉サービスの質と雇用人数のバランス調整により人件費支出が左右され、経営全体に影響を与える。つまり、福祉サービスを低下させ雇用人数を最低基準に合わせれば、超過勤務手当等の支出が確保されるが、福祉サービスを充実させるために雇用人数を増加させれば、財源の圧迫を招くことになる。福祉サービスの充実は、サービス残業の温床となる危険性も秘めている。このように社会福祉法人として社会貢献を向上していく働きと、労働関連法との間には矛盾が生じているため、経営者は常に難しい選択を迫られていることになる。

雇用に関する法律
・労働基準法
・雇用保険法
・労災保険法
・労働安全衛生法
・最低賃金法
・育児・介護休業法
・職業安定法
・パートタイム労働法
・男女雇用機会均等法
・次世代育成支援対策推進法 等
社会保険に関する法律
・健康保険法
・厚生年金保険法
・介護保険法